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【イントゥザラビリンス】ネタバレ完全解説|衝撃の真相と結末

ずっちー

こんにちは。コミックコミュニティ運営者のこまさんです。

イタリア発の心理スリラー映画イントゥザラビリンスのネタバレを調べているけれど、ストーリーが複雑すぎて結末の意味がよくわからなかった、という方も多いんじゃないかなと思います。ダスティン・ホフマンとトニ・セルヴィッロという二大名優が共演した本作は、ラストで観客を完全に騙すマインドファック系の傑作なんですが、グリーン博士の正体やサマンサとミラ・ヴァスケスの関係、バニーと呼ばれるうさぎ男の真相、衝撃のどんでん返しの意味などを一度の鑑賞で全部理解するのはなかなか難しい作品ですね。

この記事では、ドナート・カリシ監督の原作小説をベースにしたあらすじから、結末と真相の考察、登場人物の関係性、評価や感想、配信情報までを、私なりの視点でまるっと整理してお届けします。鑑賞後にモヤモヤしている方も、これから観ようと思っている方も、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

この記事を読むと以下のことが理解できます
  • イントゥザラビリンスの基本情報とあらすじが理解できる
  • 並行する2つの物語の時系列と登場人物の関係がわかる
  • グリーン博士やバニーの正体など衝撃の真相を整理できる
  • ラストシーンの意味や評価、関連作品の情報まで把握できる

イントゥザラビリンスのネタバレと作品の全体像

まずは映画イントゥザラビリンスがどんな作品なのか、基本情報からあらすじ、登場人物、原作、不気味な象徴であるうさぎ男のバニーまで、物語の入り口となる部分をネタバレを交えながら整理していきますね。ここを押さえておくと、後半の真相考察がぐっと理解しやすくなるはずです。

映画の基本情報とキャスト紹介

イントゥザラビリンスは、2019年に製作されたイタリア映画です。日本では2022年10月21日に「KinoFestival 2022」での上映という形で劇場公開されました。原題は『L’uomo del labirinto』で、直訳すると「迷宮の男」という意味になります。日本語タイトルとは少しニュアンスが違っていて、この原題こそが作品のテーマを暗示しているのが面白いところですね。「ラビリンスに迷い込んだ少女」ではなく「迷宮そのものを支配する男」が物語の中心にあるよ、という監督からのメッセージが原題にしっかり込められているわけです。

監督・脚本・原作のすべてを手がけているのは、イタリアの推理作家ドナート・カリシ。前作『霧の中の少女』(2017)に続く監督2作目で、自身のベストセラー小説を自ら脚色しています。原作小説からエッセンスを抽出して映像化しているからこそ、文学作品のような重厚さと、映画ならではの視覚的な衝撃が両立していて、観終わった後にずっと余韻が残るタイプの作品に仕上がっているんですよね。上映時間は130分で、ジャンルとしてはクライムスリラー、サイコサスペンス、ホラー、ミステリーが融合した心理スリラーといったところでしょうか。配給はキノフィルムズで、日本ではミニシアター系の上映が中心だったため、見逃した方も多いかもしれませんね。

項目内容
邦題イントゥ・ザ・ラビリンス
原題L’uomo del labirinto
製作国・年イタリア/2019年
日本公開2022年10月21日
上映時間130分
監督・脚本・原作ドナート・カリシ
配給キノフィルムズ
ジャンルクライムスリラー/サイコサスペンス/ホラー/ミステリー

キャストもかなり豪華です。サマンサのカウンセリングを担当する精神分析医ドクター・グリーン役には、『レインマン』『卒業』『クレイマー、クレイマー』など数々の名作で知られるハリウッドの名優ダスティン・ホフマンが起用されています。アカデミー賞主演男優賞を2度受賞した実力派の彼が、本作では穏やかな紳士の仮面の下に何かを隠している老人を、見事な抑制の効いた演技で表現していますね。

余命2か月の私立探偵ブルーノ・ジェンコ役には、『グレート・ビューティー 追憶のローマ』『LORO 欲望のイタリア』で国際的に評価されているイタリアの俳優トニ・セルヴィッロ。彼は前作『霧の中の少女』にも出演しており、カリシ監督との相性は抜群です。そして謎の女性サマンサ/ミラ・ヴァスケス役を、ヴァレンティーナ・ベルが演じています。ベルの繊細な演技は、記憶を失って混乱する被害者の心情を見事に表現していて、終盤の真実が明らかになるシーンの説得力を支える大黒柱になっていますね。詳しい作品情報は映画.com公式の作品ページでも確認できます。

ネタバレなしのあらすじ解説

物語は、15年前に13歳で誘拐された少女サマンサ・アンドレッティが、地方の湿地帯で足を骨折した状態で発見されるところから始まります。彼女は強い向精神薬の影響でほとんど記憶を失っており、犯人は逃走したまま。警察は彼女から犯人の手がかりを得るため、高名な精神分析医ドクター・グリーンにカウンセリングを依頼します。冒頭の誘拐シーンは、陽の差す田舎道に停まった一台のバンに、無防備な少女が近づいていくという、何とも不気味な構図で描かれていて、ここですでに観客は嫌な予感を植え付けられるんですよね。

グリーンは、サマンサの心の深層に潜って監禁中の記憶を呼び起こそうと、際どい質問を投げかけていきます。しかし彼女は激しく抵抗し、治療は難航。そんな中、サマンサが監禁されていた「迷宮(ラビリンス)」と呼ばれる場所での恐ろしいゲームの記憶が、断片的に明らかになっていきます。犯人は被害者にゲームを強要し、勝てば食事や水を与え、負ければ罰を与える、という残酷な遊戯を15年間繰り返していたわけですね。しかもそのゲームは、出口に近づくためのものではなく、ただ犯人の娯楽のために存在していた、という点が一層恐ろしいんです。

一方、サマンサ失踪当時に両親から捜索を依頼されていた私立探偵ブルーノ・ジェンコは、心臓病で余命2か月を宣告されており、最後の仕事として独自に犯人を追い始めます。彼が辿り着いたのは、「うさぎ男(バニー)」と呼ばれる謎の存在。失踪者を扱う警察部署「リンボ(辺獄)」の協力を得ながら、過去の類似誘拐事件と現在の事件を繋ぎ合わせ、徐々に真相に近づいていきます。グリーンとブルーノ、それぞれ別の方角から犯人に迫っていく2つの物語が並行して進んでいきます。

序盤からちょっと気になるのが、グリーンとサマンサの病室パートは英語で会話されているのに、ブルーノの捜査パートはイタリア語で進行する、という違和感です。これは作品の重大な仕掛けの伏線になっているので、気づいた方は鋭い視点を持っているかなと思います。同じイタリアという国、同じ時間帯で起きているはずの事件なのに、なぜ言語が違うのか。その違和感の正体は、後半で必ず明らかになります。

あらすじだけを追うと「過去の誘拐事件を二人の専門家が追う、よくあるクライム映画」に見えるかもしれませんが、本作の真骨頂は「観客が当然と思っていた前提が次々に覆される」構造にあります。一度観終わって「あれ、最初のあのシーンってどういう意味だったんだろう」と振り返らせる力が、この映画にはしっかり備わっているんですよね。

物語を彩る2人の主人公

本作には主人公格のキャラクターが2人います。それぞれ全く違うアプローチで事件に向き合っていて、この対比が物語の魅力を作り出しているんですよね。タイプも年齢も国籍も違う二人が、同じ事件の真相に向かって別々のルートで進んでいく構造は、ミステリーファンにとってはたまらない設定だと思います。

精神分析医ドクター・グリーン

ダスティン・ホフマン演じるドクター・グリーンは、トラウマや犯罪心理のプロファイリングを専門とする精神分析医という設定です。サマンサの記憶の迷宮に深く分け入り、彼女が監禁中に強いられた残酷な「ゲーム」の正体を、対話を通じて少しずつ明らかにしていきます。穏やかで紳士的な物腰の裏に、どこか不穏な空気をまとわせる演技は、さすが名優という他ありません。質問の選び方、間の取り方、視線の動かし方の一つひとつに、何かを隠しているような違和感が漂っていて、見る人によっては「最初からこの人怪しいな」と感じる人もいるかもしれませんね。

ホフマンは長いキャリアの中で、優しい父親役からシリアルキラーまで幅広く演じ分けてきた俳優ですが、本作では「無害そうに見える老人」という鎧を完璧に纏った演技を見せます。記憶を失った被害者に寄り添うように見せかけて、その内面に何かを刻み込もうとしている──そんな二重性が、彼の存在から滲み出ているんです。

余命2か月の探偵ブルーノ・ジェンコ

トニ・セルヴィッロ演じるブルーノは、心臓病で余命を宣告された老探偵。15年前にサマンサを救えなかったことを悔やみ続けており、最後の仕事として犯人逮捕に執念を燃やします。失踪者を扱う警察部署「リンボ(辺獄)」の協力を得ながら、うさぎが関わる過去の失踪事件を芋づる式に掘り下げていく姿は、ハードボイルドな魅力に満ちていますね。

ブルーノは表面的にはぶっきらぼうで皮肉屋ですが、その奥には深い罪悪感と、誰にも語れない正義感が同居しています。彼が動く動機は単なる仕事の完遂ではなく、「死ぬ前にこの世界に残した借りを返したい」という、人生の最終章に立つ男の切実さなんですよね。タバコを吸いながら煤けたコートで街を歩く姿は、フィルムノワール的な雰囲気を強く醸し出していて、それだけでも観る価値があります。

この2人が「いつ・どこで」交わるのか、というのが物語の最大の見どころのひとつ。ただし、その答えは観客の予想を完全に裏切る形で訪れることになります。

2人の主人公の対比は、以下のように整理すると分かりやすいかなと思います。

項目ドクター・グリーンブルーノ・ジェンコ
役柄精神分析医(プロファイラー)私立探偵
アプローチ被害者の心の中を探る外部の物証と証言を追う
使用言語英語イタリア語
演者ダスティン・ホフマントニ・セルヴィッロ
物語上の背景余命の問題はないように見える心臓病で余命2か月

原作小説と監督ドナート・カリシ

原作はイタリアの推理作家ドナート・カリシによる同名小説『L’uomo del labirinto』(2017年刊行)です。カリシはイタリアでベストセラー作家として知られていて、犯罪心理学やトラウマをテーマにした緻密なプロットが特徴ですね。日本でも翻訳された作品があり、ミステリーファンの間では「イタリアのミステリー界を代表する作家の一人」として認知されつつあります。映画版はカリシ自身が監督・脚本を兼ねているので、小説の世界観や仕掛けが原作者の意図通りに映像化されているという点で、原作ファンにとっても価値のある作品になっています。

カリシの監督デビュー作は『霧の中の少女』(2017)で、これも自身の小説の映画化でした。同作も主演はトニ・セルヴィッロで、本作とのつながりを感じさせる要素が随所に散りばめられています。両作とも「失踪する少女」「マスメディアと真実」「衝撃のどんでん返し」というカリシ印のテーマで貫かれていて、いわゆるイヤミス系・マインドファック系の作風が好きな方には刺さる監督じゃないかなと思います。霧の中で少女が消えるという出だしから始まる『霧の中の少女』と、迷宮に閉じ込められた少女が主軸の本作は、テーマ的に姉妹編のような関係になっていて、両方観るとカリシの作家性がより立体的に見えてきますね。

マインドファック映画とは、ラストの大きなどんでん返しによって観客の認識を根底から覆すタイプのサスペンス映画のことです。『アイデンティティー』『ピエロがお前を嘲笑う』『女神は二度微笑む』『去年の冬、君と別れ』などが世界的な代表例で、本作はそのイタリア版の傑作と評価する声が多いですね。観終わった後に「もう一度最初から観返したい」と思わせる構造を持っていることが、このジャンルの大きな魅力です。

また、カリシ作品には「23」という数字が不吉な象徴として繰り返し登場します。本作でも前作『霧の中の少女』でも23が散りばめられていて、これは「23エニグマ」と呼ばれる都市伝説に由来する作家のサインのようなものですね。古代ローマの皇帝ユリウス・カエサルが23回刺されて殺されたという史実をはじめ、23という数字は西洋のオカルト文化で「死」「不運」「災厄」と結びつけられてきました。カリシはこの数字を作品の中に意図的に潜ませることで、観客の無意識に不安を植え付けているんです。気にしながら観ると、また違った発見があるかもしれません。

もう一つ重要なのが、カリシが扱うテーマの中心にある「闇に感染する」という概念です。誘拐された被害者が、その経験によって自身も加害者へと変質してしまうサイクルを、カリシは執拗に描き続けています。これは単なる犯罪小説の枠を超えて、人間の精神の脆さや、トラウマがもたらす連鎖の恐ろしさを問いかける哲学的な作品でもあるんですよね。

不気味なうさぎバニーの正体

本作のホラー要素として強烈な存在感を放つのが、うさぎ男「バニー」です。冒頭、13歳のサマンサが学校へ向かう道中、停車していたバンに近づくと、中から赤く光る目をしたうさぎの被り物を被った男が現れて彼女を誘拐するという、悪夢のようなシーンで物語が始まります。この最初の数分間で植え付けられる強烈なイメージは、映画を観終わった後もずっと脳裏にこびりついて離れない、そんな破壊力を持っています。

うさぎというモチーフは、ホラー・サスペンス映画では『ドニー・ダーコ』『インランド・エンパイア』『ジョジョ・ラビット』など、可愛さの裏に潜む不気味さの象徴として度々使われてきました。子どもの頃、誰もが一度は手にしたことのあるぬいぐるみや絵本のキャラクターが、暴力や恐怖と結びついた瞬間、原始的な嫌悪感が呼び覚まされるんですよね。本作のバニーも、子供向けに見える絵本の表紙と、その中に隠された残虐な内容のギャップが、得体の知れない恐怖を生み出しています。

劇中で重要なアイテムとなるのが、うさぎが描かれた古びた絵本です。一見すると幼児向けの可愛らしい絵本に見えますが、鏡に映して見ると、おぞましい残虐な絵が浮かび上がる仕掛けになっています。この絵本が「バニー」の血脈を象徴する小道具として、物語の核心に深く関わってきます。鏡を使って初めて隠された真実が見えるという演出は、本作全体のテーマである「表面と内側のギャップ」を視覚的に表現したメタファーになっているんですよね。観客自身も、ストーリーを「鏡で映し直す」=俯瞰して見直さないと、本当の意味が見えてこない構造になっているわけです。

絵本の存在は、誘拐犯が次世代の犯罪者を生み出すための「教科書」のような役割を果たしています。子供の頃にこの絵本を渡された被害者は、潜在意識に残虐性を植え付けられ、成長後に自らが誘拐犯になっていく──。そんな世代を超えた連鎖が、この一冊の絵本に凝縮されているんです。

そしてここが重要なポイントなんですが、バニーは特定の1人の人物ではないのです。同じ絵本を持ち、同じ手口で犯行を繰り返す存在として「バニー」というコードネームが世代を超えて引き継がれている、というのが本作の衝撃的な真相のひとつ。この点については後半の真相セクションで詳しく解説しますね。なお、本作と同じく「謎の正体に迫る」構造を持つ作品として、コミックコミュニティでも『真相をお話しします』ネタバレ完全版の考察解説記事を公開しているので、似た系統のミステリーが好きな方は合わせて読んでみてください。

イントゥザラビリンスの結末ネタバレ徹底考察

ここからはいよいよ、本作の核心となる結末と真相についての完全ネタバレ解説に入っていきます。グリーン博士の衝撃の正体、サマンサとミラ・ヴァスケスの関係、複雑な時系列、ラストのバーシーンの意味、そして全体の評価まで、私なりに整理した形でお届けします。これから鑑賞予定の方は、ここから先はぜひ視聴後にお読みくださいね。本作の魅力は、知らない状態で観たときの衝撃にあるので、未鑑賞の方は一度ストップして、視聴後に戻ってきていただけると嬉しいです。

グリーン博士の衝撃の真実

本作最大の衝撃の一つが、ドクター・グリーンの正体です。結論から言うと、病室でサマンサのカウンセリングをしていたグリーン博士は、本物のドクター・グリーンではないのです。あれだけ穏やかに、優しい語り口で被害者に寄り添っていた老人が、実は別の顔を持っていた──というのが、観客に冷や水を浴びせる衝撃ポイントなんですよね。

彼の正体は、サディスティックな別の連続誘拐犯。最後まで本名は明かされません。彼は自分が設計した地下迷宮の中に「病室」を巧妙に再現し、被害者に「あなたは15年前に行方不明になったサマンサで、たった今救出されて病院にいる」と思い込ませていたのです。つまり、被害者にとっては「やっと助かった!」と希望を抱いた瞬間が、実はまだ監禁の真っ只中だった、という二重の絶望が仕掛けられていたんですよね。これほど残酷な精神的拷問はなかなか見当たりません。

本物のドクター・グリーンは、別の若い医師として終盤にちらっと登場し、本物のサマンサを診察する姿が描かれます。観客がそれまで「ドクター・グリーン」だと信じていた人物が、ハリウッドの名優ダスティン・ホフマンが演じる老人だったため、誰もこのトリックには気づきにくい構造になっているんですよね。「ダスティン・ホフマン=主役級=信頼できる医師」という観客の無意識のバイアスを、監督は逆手に取っているわけです。

偽グリーンが何者なのか

偽グリーンの「オフィス」と呼ばれる迷宮内の部屋には、大量の録音テープ、マネキン、手術椅子などが置かれています。これは、彼が過去にも多数の被害者を同じ手口で苦しめてきたことを示唆しているんですね。テープの一つひとつが、彼が記録してきた「ゲーム」の証拠であり、おそらく何十人もの被害者が同じ運命を辿ったことを物語っています。

劇中では「サディスティック・コンソーラー(サディスティックな慰める者)」という概念が警察官の口から説明されます。これは被害者を殺すのではなく、「自分を愛させようとする」タイプの誘拐犯のことで、ストックホルム症候群を犯人側から仕掛けるような行為と言えます。偽グリーンはまさにこのタイプで、ミラに対しても穏やかに紳士的に振る舞い続けるんですね。被害者の心を破壊するのではなく、自分への依存を作り出すことに快楽を見出すという、非常に屈折した心理を持つ犯罪者像です。

なぜ偽グリーンは「サマンサ」と思い込ませたのか

ここに彼のサディズムの本質があります。実在の事件として知られる「サマンサ・アンドレッティ救出」という希望のニュースを、ミラが信じて喜ぶ瞬間を作り出し、その希望ごと砕く──というのが彼の「ゲーム」なんですよね。観客がエンディングまで気づけなかった通り、偽グリーンは現実とフィクションを操る達人として描かれていて、彼の知的なサディズムが本作の恐怖の核を成しています。

サマンサとミラ・ヴァスケスの関係

ここでもう一つの大きな衝撃が明かされます。病室でカウンセリングを受けていた女性は、サマンサ・アンドレッティではないのです。冒頭から観客が「サマンサ」だと信じて感情移入してきた人物が、まったく別人だったというこの事実は、映画の解像度を一気に変える破壊力を持っています。

彼女の正体は、2日前に行方不明になっていた警察官ミラ・ヴァスケス。偽グリーンに誘拐されて向精神薬を投与され、「あなたはサマンサだ」と完全に思い込まされた状態でした。観客はサマンサ視点で物語を追っていたつもりが、実は最初からミラの視点で迷宮の中にいたわけですね。観客自身もミラと同じ薬物的な錯覚を体験していた、という構造になっていて、これがマインドファック映画として高く評価される理由のひとつです。

さらに皮肉なのは、ミラはもともと偽グリーンの正体を追っていた捜査官だったということ。彼女の机には偽グリーンの似顔絵スケッチが残されていて、つまり真相に近づきすぎたために逆に誘拐されてしまったという構図なんですよね。これに気づいた瞬間、序盤のすべてのシーンの意味が一気に書き換わる感覚があります。「ハンターがいつの間にか獲物になっていた」というクラシックな構図ですが、本作ではそれが二重三重に折り重なっていて、観客の認知を揺さぶり続けます。

本物のサマンサはどうなったのか

本物のサマンサは、別の場所で15年間バニー(後述)に監禁されていました。物語の現在時点では、彼女は別の病院で昏睡状態に近い状態で保護されています。本物のドクター・グリーン(若い医師)は、彼女が「永遠に悪夢の中に閉じ込められたままになるだろう」と語ります。15年もの間、向精神薬を投与され続け、残酷なゲームを強要され続けた結果、彼女の精神は完全に壊れてしまっていたのです。

つまり、肉体的には救出されたけれど、心は迷宮から永遠に出られない、というのが本物のサマンサの結末なんですね。物語のタイトル「ラビリンス」は、物理的な迷宮だけでなく、彼女の精神そのものを指している、という二重構造になっているわけです。救出=救済ではないという残酷な現実を突きつけてくる結末で、見終わった後に重い余韻を残します。

ミラのその後の運命

映画のラスト、ミラは偽グリーンの隙をついて迷宮から脱出を試みます。雪山の山小屋から外に出た瞬間、彼女は娘の名前を思い出し、記憶が戻り始める兆しを見せます。ですが、彼女の足は脱出時に負ったガラスの傷で血まみれで、雪原に赤い足跡を残しながら走るしかないんです。この赤い足跡は、希望と絶望が同居する象徴的な演出として印象に残りますね。彼女は本当に逃げ切れるのか、再び偽グリーンに捕まってしまうのか──観客に余韻を残したままエンディングを迎えます。

並行する2つの物語の時系列

本作で多くの観客が混乱するのが、時系列の交錯です。観客は2つの物語が同時進行していると思い込まされていますが、実際は約1年もの時間差がある別々の事件なんですよね。これに気づかないまま観ていると、ラストの展開が「いきなり感」のあるどんでん返しに見えてしまうんですが、実は最初から丁寧に伏線が張られていたんです。

出来事時系列パート
15年前:本物のサマンサがバニーに誘拐される起点共通
15年間:本物のサマンサが船上の迷宮で監禁される継続背景
約1年前:本物のサマンサが発見・救出される発端Aブルーノ側
約1年前:探偵ブルーノが事件を再調査開始発端Bブルーノ側
ブルーノが真犯人ロビン・バッソに迫る過去ブルーノパート
ブルーノが心臓発作で倒れ、ロビン逮捕過去完結ブルーノパート
偽グリーンとブルーノがバーで会話実は中盤交差点
2日前:警察官ミラが偽グリーンに誘拐される発端Cグリーン側
ミラが「サマンサ」だと思い込まされる現在進行グリーンパート
ミラが脱出、記憶が戻り始める現在完結グリーンパート

つまり、ブルーノの捜査パートは過去の出来事で、本物のサマンサ救出後に行われた捜査。一方、ミラ・ヴァスケスが「サマンサ」として偽グリーンに尋問されているパートは、ブルーノが死んだ約1年後の現在進行形の事件、ということなんですね。同時進行に見えていた二つの物語は、実は1年違いで起きていた別の事件だったわけです。

言語の違いが伏線だった

序盤から気になっていた言語の違い(病室は英語、捜査はイタリア語)も、ここで腑に落ちます。同じ場所・同じ時系列で起きているなら言語が違うのは不自然ですが、別事件・別時系列だからこそ、自然に言語が分かれていた、という巧妙な伏線だったわけです。これに気づいた観客は、初見でも「何かおかしい」と感じていたはずなんですよね。

カリシ監督はインタビューで「観客自身が迷宮に迷い込む体験を作りたかった」と語っており、この時系列のトリックはその哲学を体現したものだと言えます。観客は二つのパートを並列で観ているつもりが、実は同じ事件を時間を超えて見せられていた、というメタ的な構造になっているんですよね。

もう一度観たくなる構造

この時系列構造が分かると、もう一度映画を観返したときに「ここでこのセリフを言っていたのか」「この演出にはそういう意味があったのか」という発見が次々に出てきます。一回目の鑑賞ではただの違和感だったシーンが、二回目では完全に意味のある伏線として機能してくるんです。2回目鑑賞でこそ完成する映画として、本作はかなり優秀な仕上がりになっていると思います。

バーでの会話シーンの意味

映画終盤、偽グリーン(誘拐犯)と探偵ブルーノがバーで会話する印象的なシーンが描かれます。テレビではサマンサ発見のニュースとミラ失踪のニュースが流れていて、初見では「ようやく2人の主人公が出会った」と思わせる演出になっています。観客の多くは、このシーンを「物語のクライマックス手前で二人の探偵タイプが意気投合する場面」として捉えているはずです。

でも実は、このバーシーンは時系列上映画のかなり中盤の出来事なんです。ミラが誘拐されてから24時間後、つまりブルーノがまだ捜査の途中の段階で起きた、二人の唯一の邂逅シーンなんですね。テレビニュースの内容(サマンサ発見=過去のニュース、ミラ失踪=最新ニュース)を注意深く見ると、このシーンの時系列がはっきり示されているんですが、初見ではほとんどの人が見落としてしまう仕掛けになっています。

このシーンで偽グリーンは「自分は迷宮を設計している」とブルーノに告げます。これは事実上、「自分が犯人だ」という告白に等しい発言です。しかしブルーノはそれを冗談・たとえ話として受け流して立ち去ってしまい、偽グリーンは1人になった瞬間、にっこりと不気味に微笑むのです。観客は二回目以降の鑑賞で、このシーンの真の意味を初めて理解できるんですよね。

このシーンの恐ろしさは、偽グリーンがブルーノの捜査をすべて掌中で操っていたことを示唆している点にあります。ブルーノが誤った犯人候補(マッキンスキー)に向かわせられていたのも、本物の犯人ロビン・バッソに辿り着いたタイミングも、すべて偽グリーンの「ゲーム」の一部だった可能性が高いんですよね。観客と同様に、ブルーノもまた迷宮の中で踊らされていたという構図です。バーの偽グリーンの微笑みは、自分の駒が思った通りに動いてくれたことへの満足感の表れと解釈できます。

もう一人の犯人ロビン・バッソとバニーの連鎖

ブルーノが追っていた「バニー」の現在の正体は、表向きは家庭を持つ歯科医「ピーター・ライ」として暮らすロビン・バッソでした。彼は幼少期に3日間誘拐され、その後養護施設に預けられた過去があり、施設ではうさぎを生き埋めにしていたという過去が語られます。表の顔は地域に溶け込んだ尊敬される歯科医で、家族にも恵まれている──その一方で、地下では誘拐と監禁を繰り返していた、という二面性は、本作のもうひとつの恐怖の核を成しています。

しかも衝撃的なのは、バニーは1人ではなく世代交代する誘拐犯の連鎖だったということ。子供の頃に誘拐されてうさぎの絵本を渡された被害者が、成長して次の世代の誘拐犯となる、というおぞましいサイクルなんですね。ロビン・バッソの前のバニーは「セバスチャン」という教会の堂守で、彼もまた同じ被害者の一人でした。バニーは個人ではなく、制度のように受け継がれていく「役割」だったわけです。

劇中では、誘拐された被害者がトラウマによって変質してしまう様子が「闇に感染する」という言葉で表現されます。本物のサマンサもまた、この連鎖の次の担い手になってしまう可能性が示唆されていて、後味の悪さに拍車をかけている演出ですね。彼女が永遠に悪夢の中に閉じ込められているという描写は、肉体的な救出が精神的な救済を意味しないこと、そして連鎖が断ち切れないかもしれないという絶望を観客に突きつけます。「胸糞」系の作品に興味のある方は、コミックコミュニティの映画『デッドオアリベンジ』が胸糞と言われる理由解説記事もテーマ的に通じる部分があるので参考になるかなと思います。

評価や感想と類似のおすすめ作品

本作の評価は国内外でかなり分かれている印象です。Filmarksでは3.5点、IMDbでは5.8点、Rotten Tomatoesでは33%という数字で、賛否両論といったところでしょうか。あくまで一般的な目安ではありますが、評価の傾向を整理してみますね。観る人を選ぶタイプの作品なので、自分の好みに合うかどうかを見極めてから鑑賞するのがおすすめです。

高評価の声

  • ダスティン・ホフマンとトニ・セルヴィッロの演技合戦が見ごたえ抜群
  • 終盤のどんでん返しが鮮やかでマインドファック系の傑作
  • 言語の違いまで伏線として機能している脚本の巧みさ
  • 不気味で美しい映像美、グラフィックノベル的な雰囲気が独特
  • 結末を知った上でもう一度観たくなる構造になっている
  • イタリア映画ならではの陰影に富んだライティングが秀逸
  • サウンドトラックが物語の不穏な空気を増幅させている

低評価・批判的な声

  • ストーリーが複雑すぎて1回では理解しきれない
  • 少女が見知らぬバンに警戒なく近づくなど、都合のいい展開がある
  • ブルーノの捜査パートが断定的で意外性に欠ける
  • 答え合わせがやや唐突に感じる
  • 原作未読だと細かい設定が分かりにくい
  • ホラー要素を期待すると物足りないかもしれない

本作が気に入った方には、同じくマインドファック系のサスペンスとして以下の作品もおすすめです。

  • 『霧の中の少女』(同じドナート・カリシ監督・主演トニ・セルヴィッロ)
  • 『アイデンティティー』(アメリカ/多重人格×孤立した宿)
  • 『ピエロがお前を嘲笑う』(ドイツ/ハッカー×信頼できない語り手)
  • 『女神は二度微笑む』(インド/妊婦×消えた夫)
  • 『去年の冬、君と別れ』(日本/作家×焼死事件の真相)
  • 『ユージュアル・サスペクツ』(アメリカ/取調室×伝説のカイザー・ソゼ)

配信情報について

2026年5月時点で、日本国内の主要サブスク動画配信サービス(Netflix、Amazon Prime Video、U-NEXT、Hulu、Disney+ など)で本作の見放題配信は確認できていない状況です。海外ではAmazon Prime Videoでの配信実績がありますが、日本での視聴は時期によって変動するので、正確な情報は各配信サービスの公式サイトをご確認くださいね。レンタルや購入の選択肢も含め、最新情報をチェックするのが確実です。

配信状況は時期によって変動するため、視聴を希望する場合は以下のような方法を試してみるのが良いかなと思います。
・JustWatchなどの配信検索サイトで最新の配信状況を確認する
・TSUTAYA DISCASなどの宅配レンタルサービスを利用する
・中古DVD・Blu-rayを購入する
・名画座やミニシアターでの再上映情報をチェックする
違法アップロード動画の視聴は犯罪行為にあたる可能性があり、ウイルス感染のリスクもあるので、必ず正規の配信サービスを利用してくださいね。

同じドナート・カリシ監督作品の鑑賞という観点では、コミックコミュニティでも他の心理スリラー・どんでん返し系映画のネタバレ解説記事を多数公開しているので、興味のある方は覗いてみてくださいね。原作小説の方が映画よりも詳しい背景描写を読めるので、映画を観て興味を持った方は原作小説に手を出してみるのも一つの楽しみ方です。

イントゥザラビリンスのネタバレを総まとめ

ここまで、イントゥザラビリンスのネタバレを基本情報から結末の真相、時系列の整理、ラストシーンの意味、評価までまるっと解説してきました。最後に重要なポイントを整理しておきますね。一度の鑑賞では把握しきれない情報量がギュッと詰まった作品なので、こうして文字で振り返ると改めて巧妙な脚本に唸らされます。

  • 2019年製作のイタリア映画で監督・原作はドナート・カリシ
  • 主演はダスティン・ホフマンとトニ・セルヴィッロの二大名優
  • 並行する2つの物語は実は別事件・別時系列という最大の仕掛け
  • ドクター・グリーンの正体は本物の医師ではなく別の連続誘拐犯
  • 病室の女性はサマンサではなく警察官ミラ・ヴァスケス
  • バニーは1人ではなく世代交代する誘拐犯の連鎖
  • 本物のサマンサは肉体的には救出されたが心は迷宮から出られない
  • ラストのバーシーンは時系列中盤で偽グリーンが事実上犯人を自白
  • 言語の違いや伏線の張り方が秀逸でリピート鑑賞推奨の作品
  • 原作小説や前作『霧の中の少女』とあわせて楽しむと魅力倍増
  • 「闇に感染する」というカリシ作品の根幹テーマが本作にも貫かれている
  • 23という数字が散りばめられたカリシ印の演出も注目ポイント

本作は「観客自身が迷宮に迷い込む構造」を意図的に作り上げた、巧妙な心理スリラーです。1回目では伏線に気づけなくても、結末を知った上で2回目を観ると、すべてのシーンが違う意味を持って立ち上がってくる、そんな不思議な体験ができる作品なんですよね。冒頭の誘拐シーンの違和感、言語が分かれている理由、バーでのテレビニュースの内容、絵本の鏡の仕掛け──すべてが緻密に計算された伏線として機能していることが、二回目以降にしっかり実感できるはずです。

もし作品の解釈について個人的な悩みや、より専門的な分析を求める場合は、映画評論の専門家や原作研究の方にご相談されるのも一つの方法かなと思います。あくまでこの記事は私個人の解釈と一般的な情報の整理であって、最終的な作品の受け取り方は人それぞれ違っていいと思いますし、ぜひあなた自身の視点で「迷宮」を歩いてみてくださいね。

それでは、よい映画体験を。コミックコミュニティ運営者のこまさんでした。

ABOUT ME
コマさん(koma)
コマさん(koma)
野生のライトノベル作家
社畜として飼われながらも週休三日制を実現した上流社畜。中学生の頃に《BAKUMAN。》に出会って「物語」に触れていないと死ぬ呪いにかかった。思春期にモバゲーにどっぷりハマり、暗黒の携帯小説時代を生きる。主に小説家になろうやカクヨムに生息。好きな作品は《BAKUMAN。》《ヒカルの碁》《STEINS;GATE》《無職転生》
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