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【アタックZERO】CM批判まとめ|炎上の経緯と花王の回答

ずっちー

こんにちは。コミックコミュニティ、運営者のこまさんです。

アタックZEROのCMが批判されている、炎上している、不快、うざい、気持ち悪い——そんなキーワードで検索してこのページにたどり着いた方、きっと「あのCM、なんか嫌だな」という感覚を持ちつつも、その理由や周りの反応が気になっているんじゃないかなと思います。私もテレビでこのCMを見て、「あれ……?」ってなった一人なので、その気持ち、すごくわかります。

2026年5月、菅田将暉・松坂桃李・賀来賢人・間宮祥太朗が出演する花王アタックZEROの新CM「勝手にキレイ篇」がSNSを中心に物議を醸しました。オネエ言葉や演出への違和感を訴える声が相次ぎ、花王広報が取材に対して公式コメントを出す事態にまで発展しています。

この記事では、2026年の最新炎上の詳細から、2019年の洗濯愛してる会発足当初から続いてきた批判の歴史、花王の公式回答の内容、そしてCM好感度1位という意外な高評価の事実まで、賛否両論をまとめて解説しています。「なぜ批判されているのか」「花王はどう対応したのか」「過去にも炎上があったのか」という疑問が、この記事を読めばすっきり整理されるはずです。

この記事を読むと以下のことが理解できます
  • 2026年「勝手にキレイ篇」でのオネエ言葉批判の具体的な内容
  • 花王広報が示した公式回答と演出意図のポイント
  • 2019年から続くアタックZERO CMへの批判の変遷
  • CM好感度1位・売上2倍という高評価の実態と制作側の狙い

アタックZEROのCMが批判される最新理由|2026年炎上の全貌

まずは今回の炎上の核心から整理していきます。2026年3月から放送されていた「勝手にキレイ篇」は、従来のアタックZEROシリーズとは明らかに異なる演出が採用されており、それが視聴者の反感を呼ぶ結果になりました。SNSでの批判が静かに積み重なり、やがてSmart FLASHが花王広報に取材を行い、Yahoo!ニュースやライブドアニュースへの転載によって一気に拡散するという、現代的な「炎上の流れ」をたどった事例です。以下では、そのCMの内容、批判の構造、花王の対応を順を追って丁寧に見ていきます。

2026年「勝手にキレイ篇」の内容とは

「勝手にキレイ篇」は、2026年3月末から5月初旬にかけて全国で放送された15秒のテレビCMです。対象商品は花王の衣料用濃縮液体洗剤「アタックZERO(ゼロ)」で、2019年4月に発売されて以来ロングシリーズとなったCMの最新作にあたります。

出演したのは松坂桃李・菅田将暉・賀来賢人・間宮祥太朗の4名。従来シリーズから継続して「#洗濯愛してる会」の一員として登場してきたメンバーですが、5人組のうち杉野遥亮はこのバージョンには参加していません。

CMのシチュエーションはこんな感じです。賀来賢人の自宅のような空間に、洗濯槽がむき出しの状態で部屋の中に置かれているという、かなり独特な設定からスタートします。そこに残りの3人——松坂・菅田・間宮——が訪れ、洗濯槽のキレイさに驚く、という場面から会話が展開していきます。

商品PRとしての構造自体はシンプルで、「アタックZEROで洗濯しているだけで、洗濯槽までキレイになる」という機能訴求が骨格です。最後は4人が洗濯ものを干す映像とともに「最高峰消臭の新アタックゼロ」というナレーションで締めくくられます。

ただし、このCMには従来シリーズにはなかった要素が盛り込まれていました。それが問題になった「言葉遣い」です。内容そのものよりも、セリフのトーンと調子が視聴者に強い違和感を与えることになりました。

「勝手にキレイ篇」基本情報
商品名:花王 アタックZERO(衣料用濃縮液体洗剤)
放送期間:2026年3月末〜5月初旬
尺:15秒
出演者:松坂桃李・菅田将暉・賀来賢人・間宮祥太朗(4名)
炎上報道:2026年5月7日(Smart FLASH)→ Yahoo!ニュース・ライブドアニュースに転載

オネエ言葉演出が物議を醸したセリフ

このCMで最も批判の的になったのが、4人のセリフがすべてオネエ言葉調に統一されているという演出です。従来の「洗濯愛してる会」シリーズでは、男性俳優たちが男性らしい話し言葉でやり取りする——あるいはコメディタッチながらも自然な話し方をする——スタイルが基本でした。ところが「勝手にキレイ篇」では、全員のセリフが語尾を伸ばし、特徴的な言い回しを使うトーンになっていたのです。

「勝手にキレイ篇」のセリフ全文

松坂桃李:「賀来くん家の洗濯槽、キレイだね〜」
菅田将暉:「お手入れしてるの〜?」
賀来賢人:「いや、な〜んも。これで洗濯してるだけよ〜ん」
間宮祥太朗:「あ〜新しいアタックゼロ〜」
松坂桃李:「洗濯槽までキレイになるやつ〜!」
間宮祥太朗(洗濯槽に触れながら):「美肌〜!」
賀来賢人(アームカールしながら):「洗濯してるだけよ〜ん」

一つひとつのセリフを見ると、語尾が「〜」で伸びる、「よ〜ん」という特徴的な言い回し、「美肌〜!」という感嘆——これらすべてが、いわゆるオネエ言葉のトーンで統一されています。

ひとりのキャラクターだけがそういう口調を持つのであれば、「そういうキャラ設定なんだな」と受け取ることができます。過去のバラエティやドラマでも、特定のキャラの個性としてオネエ言葉が使われることはよくあります。しかしこのCMでは、4人全員が同じトーンで話す演出になっています。そこに「なぜ全員なんだろう?」「どういう意図があるんだろう?」という違和感が生まれやすい構造があったと感じています。

また、「よ〜ん」というセリフは、X(旧Twitter)の一部では「大声で卑猥な言葉を叫んでいる」という誤解を生む形でも語られていたようで、実際のセリフとは異なる形での批判も一部で見られました。これも炎上の混乱をさらに広げる一因になったかもしれません。

演出の意図が視聴者に伝わらないまま「不快」という印象だけが残ってしまった——これがこのCMの最大の問題点だったと思います。

SNSで広がった批判の声まとめ

このCMに対してX(旧Twitter)上では、放送中から批判的な声が投稿されていました。Smart FLASHの報道がYahoo!ニュースに転載されたことで一気に拡散し、多くの人がこの話題に触れることになりました。批判の声を整理すると、大きく3つのパターンに分類できます。

① 演出の必然性への疑問

最も多かったのが「なぜオネエ言葉にする必要があったのか」という疑問から来る批判です。「意味のないオネエ言葉とオネエ仕草」「これほんとうに何の意味があるんだろう。おもしろいの?!」という声に代表されるように、演出の意図が視聴者にまったく伝わっていない状態が見てとれます。視聴者がCMを見て感じた最初の反応が「なぜ?」だったということは、演出と視聴者の間に大きなコミュニケーションの断絶が生じていたことを示しています。広告は15秒という短い時間の中で意図を伝えなければならないわけで、「なぜそうしたのか」の説明が追いつかないまま放送されてしまったと言えるかもしれません。

② ジェンダー表現への違和感

アタックZEROのCMシリーズは、当初から「洗濯=女性の仕事」という固定観念を打ち破るコンセプトを掲げていたとされています。男性俳優5人が洗濯洗剤のCMに出ることで、家事に対する価値観の転換を促すというメッセージがあったわけです。ところが今回のオネエ言葉の導入によって「男性が家事をする=オネエ的な言動をする人物でなければならない、という別のステレオタイプを強化しているのでは?」という批判が生まれています。

「せっかく洗剤のCMに男性を起用してる意味を全く無くしてるのも意味不明だし。誰が見ても不快感しかないんだが」という声はその典型です。ジェンダーに対する配慮を打ち出していたはずのシリーズが、別のジェンダー的ステレオタイプを再生産しているという矛盾を指摘するものです。これは単なる「嫌い」という感情的な反応ではなく、広告のメッセージとしての一貫性に対する論理的な問いかけでもあります。

③ 不快感と購買拒否

「誰が見ても不快感しかない」「みんなオネエ言葉になるのがイヤ」という純粋な不快感の表明も多く見られました。なかには「もうぜったい買わない」と購買拒否を明言するユーザーも出ており、CMへの嫌悪感が直接的な消費行動への影響として語られるケースもありました。ただ、実際にどれほどの購買影響があったかは外部からは判断できません。あくまで感情的な反応として受け止めておくのが適切かなとは思います。

CMへの感情的な反応は個人差が大きく、「好き・嫌い」の判断は人それぞれです。この記事では批判的な声を多く取り上げていますが、後述するようにポジティブな反応も一定数あったことはあらかじめご承知おきください。また、引用している声はSNS上の個人の投稿であり、社会全体の意見を代表するものではありません。

花王広報が示した公式コメントの内容

Smart FLASHの取材を受けた花王の広報担当者は、文書で公式回答を寄せました。その内容は、批判の存在を認めつつも演出の意図を説明するという構成になっています。花王という大企業がメディアの取材に対してきちんと文書回答を出したこと自体は、ある種の誠実さを感じさせます。ただ、その内容については「説明になっているかどうか」という点で議論が残ります。

花王の公式回答(要旨)

「SNS上で、本TVCMについて好意的なご意見が見受けられる一方で、表現に違和感や不快感を示すお声があることも把握しております。

弊社にも同様のご意見が届いております。本TVCMは、商品の特長である『洗濯しているだけで洗濯槽までキレイになる』という価値を、できるだけわかりやすくお伝えすることを目的に、テンポある言葉のやり取りを表現しました。

本CMは当初予定通り(3月末〜5月初旬)、すでに終了しておりますが、ご指摘いただいたお声を真摯に受け止め、今後は多くの人に共感される広告づくりを目指してまいります」

この回答で注目すべき点はいくつかあります。まず、批判の存在を把握しているという事実を率直に認めている点は評価できます。「知りませんでした」ではなく「把握しています」「社内にも届いています」と明言しているのは、少なくとも問題を直視している姿勢の表れでしょう。

一方で、演出の意図として示されたのは「テンポある言葉のやり取り」という説明でした。商品の特長をわかりやすく伝えることが目的だったというのはわかります。ただ、なぜそのために「オネエ言葉」が必要だったのかという最大の疑問には、この説明は答えられていません。Smart FLASHが再質問を行ったところ、ほぼ同じ内容が繰り返されるにとどまったとのことで、オネエ言葉を選んだ具体的な理由については明言が避けられた形になっています。

「テンポある言葉のやり取り」という目的は理解できるとしても、その手段としてなぜオネエ言葉が選ばれたのか——この部分の説明が抜け落ちているため、批判した側からすると「結局わからなかった」という読後感が残ったのではないかと思います。

とはいえ、企業として批判を真摯に受け止め、「今後は多くの人に共感される広告づくりを目指す」と明言している点は、次への改善姿勢として一定の意味を持つと私は感じています。

CM放送はすでに終了しているのか

花王の回答によれば、「勝手にキレイ篇」の放送期間は2026年3月末〜5月初旬で、批判が大きく話題になった2026年5月7日の時点ですでに放送を終了していました。つまり、炎上が広く知れ渡ったタイミングには、そのCM自体はもうオンエアされていなかったという状況です。

「当初予定通り」という表現を花王が使っているのは、批判を受けて早期打ち切りをしたわけではないということを示すためでしょう。放送スケジュール通りに終了したという事実を明示することで、批判に屈した形での打ち切りではないというスタンスを伝えようとしたとも読み取れます。

ただ、放送終了後に炎上が拡大したという状況は、現代のSNS時代における情報拡散の特性を示しています。かつてであれば「放送が終わればCMは過去のもの」でしたが、今はメディアが報じて記事化され、SNSで拡散されることで、放送期間を超えて話題になり続けます。今回のケースもその典型で、実際にCMを見た視聴者がSNSに感想を投稿し、それをメディアが取り上げ、記事が拡散することで「見ていない人にまで届く炎上」が成立しました。

また、次シリーズとして2026年5月11日から全国放映開始となった「洗濯愛してる旅 長友選手篇」(元サッカー日本代表の長友佑都選手が出演)との対比も興味深いところです。「勝手にキレイ篇」の炎上と入れ替わるようなタイミングで新CMが始まったわけですが、これが意図的なスケジュールだったのか、たまたまのタイミングだったのかは外部からはわかりません。

CMスケジュールの流れ
2026年3月末:「勝手にキレイ篇」放送開始
2026年5月初旬:「勝手にキレイ篇」放送終了(当初予定通り)
2026年5月7日:Smart FLASHが炎上報道 → SNSで拡散
2026年5月11日:「洗濯愛してる旅 長友選手篇」全国放映開始

アタックZEROのCM批判を読み解く背景と評価

今回の炎上はいわば「最新エピソード」に過ぎません。アタックZEROのCMシリーズは2019年の発売開始から現在に至るまで、一貫して賛否両論を巻き起こしてきた歴史があります。批判の中身は年を追うごとに少しずつ変化しながらも、「演出の意図が伝わらない」「豪華キャストを活かせていない」という根本的な疑問は繰り返されてきました。ここでは批判の変遷と、意外にも高い評価を得てきた実績の両面を丁寧に整理していきます。

2019年から続く演出への違和感と批判

アタックZEROのCMシリーズがスタートした2019年当初から、演出スタイルへの批判は存在していました。当時から話題になっていたのが、コメディタッチのわちゃわちゃした雰囲気、いわゆる「福田雄一監督的なノリ」への拒否反応です。

福田雄一氏は『今日から俺は!!』や『勇者ヨシヒコ』シリーズなど、独特のコメディタッチで知られる人気監督です。賀来賢人はその代表的な出演俳優の一人でもあります。アタックZEROのCMシリーズには、この「福田的なノリ」が取り入れられていたとされており、好きな人にはたまらない一方で、苦手な人にはとことん刺さらないという二極化を生み出していました。

当時のSNSでは「アタックゼロのCMのノリ寒いし何も面白くない」「アタックゼロのCM見たくなくても目に入っちゃうからしんどい」「福田モードの賀来賢人は福田作品の中だけにして欲しい」といった投稿が見られました。コメディ演出に対して「スベってる」「つまらない」という感想を持つ視聴者にとっては、毎回CMが流れるたびに不快感を感じるという状況が生まれていたわけです。

また、商品PRとしての機能についての疑問も根強くありました。「洗剤の効果がCMを見てもぜんぜんわからない」という声は当初から多く、「コンセプトとターゲットが謎すぎる」「誰に向けて作っているCMなのか」という根本的な問いが繰り返されてきました。これは後に判明するクリエイティブの意図——「洗濯に関心のないミレニアル世代をターゲットにした逆張り戦略」——が視聴者には伝わっていなかったことを示しています。

批判の声が根強い一方で、シリーズ自体は継続し、様々なバリエーションのCMが制作されてきました。「ドラマ化希望」「破壊力抜群」というファンの声も常にあり、批判と称賛が共存し続けてきたのがこのシリーズの特徴でもあります。

イケメン5人起用への賛否両論

松坂桃李・菅田将暉・賀来賢人・間宮祥太朗・杉野遥亮という5人の人気俳優が「#洗濯愛してる会」として登場するこのシリーズは、2019年4月の発売当初から、キャスティングの豪華さで大きな話題を集めました。当時としては「洗剤CMにこのメンツ?!」という驚きがあったのも事実で、芸能記者は「イケメン俳優5人が衣料用洗濯洗剤のCMキャラクターに採用されたことは、当時非常に画期的だった」と語っています。

ただ、その反応は必ずしもポジティブなものばかりではありませんでした。豪華なキャスティングへの驚きと期待がある分、演出に対する失望も大きくなりがちだったのかもしれません。

メンバーキャラクター設定主な役割
松坂桃李(トーリくん)リーダー的存在・最年長のまとめ役天然だが洗剤愛は誰より深い
菅田将暉個性的なメンバーの一人ムードメーカー的な立ち位置
賀来賢人(カックン)実験役・コミカル担当笑いを生み出す場面が多い
間宮祥太朗顔の圧担当(賀来との顔圧コンビ)独特の存在感でシリアスとコメディを両立
杉野遥亮(スギノ)天然キャラ無邪気な反応でテンポを作る

批判として多く見られたのが「イケメンの無駄遣い」という声です。「俳優5人も使う意味分かんない」「内容がスベってて完全に俳優殺してる」「そもそも最初から俳優ありきって感じだし、結局何が言いたいの?ってなる」といった投稿が当初から見られました。これだけの人気俳優を揃えながら、演出や脚本がそのポテンシャルを活かせていないという不満は根強くありました。

一方で、ファン目線からの反応はまったく異なります。「推しが出てるから見てしまう」「みんな白が似合う」「破壊力抜群」「ドラマ化希望」という熱量の高い好意的な声も常に存在しており、好きな人はとことん好き、嫌いな人は強く嫌いという極端な二極化が、このシリーズの特徴と言えるでしょう。

「とりあえず人気俳優さんを出しとけ感はあるけど、毎回注目しちゃうし宣伝効果も絶大」という冷静な分析も見られました。キャスティングの豪華さ自体が話題を生む装置として機能していたことは否定できない事実で、好感度ランキングへの影響や売上効果を考えると、戦略として完全に失敗していたとは言いにくい部分もあります。

識者が指摘した家事描写の問題点

批判は一般視聴者からだけではありません。2024年、生活史研究家の阿古真理氏がPRESIDENT Onlineで、このシリーズの洗濯描写について踏み込んだ問題提起をしています。専門家の視点から見ると、CMの演出が家事の実態からどれほど乖離しているかが見えてきます。

阿古氏の指摘の核心は「洗剤を投入するという行為は、洗濯工程の中で最も簡単な部分である」という点です。確かに、洗濯という家事の中で洗剤を入れるという行為は、ボタンを押す程度の作業と大差ありません。そこを大騒ぎしながら、あるいはドラマチックに演出するのは、家事の実態とかけ離れているというわけです。

さらに阿古氏は、CMが描かない「後工程」についても言及しています。洗濯物を干して、乾いたら取り込み、畳んで収納するという一連の工程こそが家事として大変な部分なのに、CMでは洗剤を投入するところとせいぜい洗濯物を干すシーンしか描かれない——これが家事の本質からズレているという指摘です。

「家事=女性」という固定観念が変化することは好ましい。でも今はまだ、洗濯CMは批判を避けるだけで精いっぱい——という言葉には、CMを通じて発信されるジェンダーメッセージへの真摯な問いかけが込められています。

視聴者がなんとなく「引っかかる」と感じていたものの、うまく言語化できていなかった違和感を、専門家が言葉にしてくれたような指摘だったと思います。こういった専門家の視点が加わることで、単なる「好き嫌い」の議論を超えた、社会的な文脈での評価が可能になります。

好感度1位と売上2倍という高評価の実績

ここまで批判の歴史を見てきましたが、実はアタックZEROのCMシリーズは、CM好感度ランキングで1位を獲得したこともあるという事実も押さえておく必要があります。批判と称賛が同時に存在するという、このシリーズの複雑な立ち位置を理解するうえで欠かせない情報です。

指標内容時期
作品別CM好感度ランキング3,165作品中1位(賀来賢人がビーカーで洗濯槽を再現するCM)2019年5月
銘柄別CM好感度ランキング2位2019年4月度
売上リニューアル前のアタックNeoシリーズ比約2倍(あくまで一般的な目安)2019年4月時点

CM総合研究所が実施した「作品別CM好感度ランキングTOP30」では、賀来賢人がビーカーで洗濯槽を再現するCMが3,165作品中1位を記録しています。これは批判の多いシリーズがCM好感度において最高評価を得たということで、批判の声の大きさと好感度は必ずしも一致しないことを示しています。

また、商品の売上という面でも、リニューアル前のアタックNeoシリーズと比較して売上が大幅に伸びたとされており(数値はあくまで一般的な目安であり断定ではありません)、マーケティング施策としては確かな効果を上げていたと言えます。「批判が多い=失敗」ではないという好例かもしれません。

SNSマーケティングの観点から言うと、好き嫌いが激しく分かれるCMは「話題になりやすい」という特性があります。批判的なコメントであっても、それがシェアされることで商品名の認知度は上がります。「嫌いでも記憶に残る」という広告効果の側面は、一概に否定できない部分があるんですよね。

もちろん、だからといってわざと不快にさせる演出を狙うべきだとは思いませんし、今回の花王自身の「多くの人に共感される広告づくりを目指す」というコメントも、そういう方向性への反省を示しているのかなとも読めます。

制作側が語った演出の狙いと意図

制作サイドのクリエイティブチームは、このシリーズを作る際の考え方について語っています。その言葉から読み取れるのは、意図的に「洗剤CMらしさ」を排除しようとしていた、いわば「逆張り」の発想でこのシリーズが生まれたということです。

クリエイティブディレクターの篠原誠氏は「洗剤史上かつてない革命的な商品を、洗剤史上かつてない表現で伝えることを狙った」と語っています。また、野村氏は「過去の洗濯洗剤CMで使用されたフレーズをリストアップし、そこに挙がった言葉を徹底的に排除した」と語っており、簑部氏も「手あかの付いた言葉を使うのをやめた」という言葉を残しています。

これは非常に興味深いアプローチです。「清潔感」「白さ」「洗浄力」といった洗剤CMの定番フレーズを使わず、まったく別の文脈でブランドを表現しようとした——そのための手段として、イケメン俳優のわちゃわちゃしたコメディという方向性が選ばれたわけです。

ターゲットとして設定されていたのは、洗濯に深い関心を持たないミレニアル世代です。洗濯という日常行為を「楽しくておしゃれなこと」として再定義し、若い世代に刺さるブランドイメージを作ろうという狙いがありました。従来の洗剤CMに縁遠かった層へのアプローチという点では、一定の合理性があると言えます。

ただ、「手あかのない表現」を目指したはずが、見る人によっては「意味不明な表現」として受け取られてしまうリスクは常に存在します。クリエイティブの挑戦と視聴者の受け取り方の間には、常に埋めにくいギャップが存在するということを、このシリーズは繰り返し示してきたと思います。

花王の他CM炎上事例との共通点

花王はアタックZERO以外のブランドでも、CMや広告表現が話題になったことがあります。代表的なのは2024年8月の花王ハミングのPR動画です。共働き夫婦の思いやりをテーマにしたもので、夫婦の年齢差設定に違和感があるとして批判報道が出ました。

ただしこの件については、マーケティングコンサルタントの西山守氏が「殺到しているというほどでもなく、賛否両論レベル」と冷静に分析しています。そのうえで「メディアが取り上げることで火に油を注いだ」という構造についても指摘しており、今回のアタックZEROの件と非常によく似た炎上のメカニズムが働いていることがわかります。

Smart FLASHが報じ、Yahoo!ニュース・ライブドアニュースに転載されてSNSで拡散——この流れは現代のメディア炎上の典型的なパターンです。「メディアが火をつける炎上」と言えるかもしれません。SNS上にくすぶっていた批判の声が、メディアの報道によって可視化・増幅されることで、実態以上に大きな炎上として認識されるケースは少なくありません。

また2023年には、アタックZEROシリーズの派生商品「アタックZEROパーフェクトスティック」において、1万GRP規模の大規模なテレビCM投下を行ったものの、CM内での訴求内容と店頭のパッケージデザインとの間に認識のズレが生じ、思うように認知が獲得できなかったという事例もありました。その後は戦略を転換して認知度の再構築を図ったとされており、マーケティング戦略の難しさは花王という大企業でも常に直面している課題であることがわかります。

花王の主なCM・広告トラブル年表(参考)
2019年〜:アタックZERO CM「演出が寒い」「イケメンの無駄遣い」批判
2023年:パーフェクトスティック CM訴求とパッケージ認識のズレによる認知失敗
2024年:ハミングPR動画「夫婦年齢差」への批判(賛否両論レベルとの分析も)
2026年:アタックZERO「勝手にキレイ篇」オネエ言葉炎上

アタックZEROのCM批判が示す広告表現の課題

今回の一連の騒動を振り返ると、アタックZEROのCMをめぐる批判は単なる「このCMが嫌い」という話に留まらず、現代の広告表現のあり方について多くの示唆を与えてくれているように思います。ここでは批判から浮かび上がる3つの課題について整理してみます。

課題① 演出の意図を15秒で伝えることの難しさ

制作側がどれだけ緻密な意図を持って作っていても、その意図が15秒という短い尺の中で視聴者に届かなければ、「意味のない表現」として受け取られてしまいます。今回のオネエ言葉も、「テンポある言葉のやり取り」という花王の説明は理解できます。しかし視聴者の側からすると、なぜそのためにオネエ言葉が必要なのかという疑問が解消されないまま15秒が終わってしまう。説明が追いつかない速度でCMが進んでいくことで、違和感だけが残る結果になりました。

広告表現における「演出の意図の伝達」は、テレビCMというメディアの宿命的な制約でもあります。映画なら2時間かけて説明できることも、CMは数秒〜数十秒でやり遂げなければならない。だからこそ、視聴者の感覚にどう届くかという部分の設計が最も重要であり、最も難しい。

課題② ジェンダー表現の精度がより高く求められる時代

家事に男性を登場させることで性別役割分業に対するメッセージを持っていたシリーズが、オネエ言葉という別のジェンダー的ステレオタイプを取り入れることで、意図せずしてメッセージの一貫性を崩してしまったとも読み取れます。「男性が家事をする=オネエ的な口調でないとおかしい」という読解が生まれてしまえば、当初のジェンダーメッセージは逆効果になりかねません。

広告における多様性・インクルーシビティへの配慮は、近年ますます高い精度が求められています。善意の表現が思わぬ形で批判を受けることは珍しくなく、広告制作においてジェンダー表現のリスクを多角的にチェックする仕組みの重要性は高まっていると感じています。

課題③ 放送終了後も続くSNS時代の炎上管理

CMの放送が終了した後もSNSやメディアで話題になり続けるという現象は、現代の広告が「電波に乗っている期間だけ」で評価されなくなったことを示しています。今回の炎上は、CMが終了した直後にメディア報道が出て拡散するという形でした。放送中は広がらなかった批判が、放送終了後に一気に可視化されるというパターンは、企業のリスク管理においても想定しておくべき事態になっています。

広告表現の影響はオンエア期間だけで完結しない——これはすべての広告主にとって、現代における重要な認識だと思います。

この記事の内容はあくまで一般的な情報のまとめです。広告表現やマーケティング戦略に関する専門的な判断については、各分野の専門家にご相談ください。また、花王の最新の公式情報については、花王株式会社 公式サイトをご確認ください。

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コマさん(koma)
コマさん(koma)
野生のライトノベル作家
社畜として飼われながらも週休三日制を実現した上流社畜。中学生の頃に《BAKUMAN。》に出会って「物語」に触れていないと死ぬ呪いにかかった。思春期にモバゲーにどっぷりハマり、暗黒の携帯小説時代を生きる。主に小説家になろうやカクヨムに生息。好きな作品は《BAKUMAN。》《ヒカルの碁》《STEINS;GATE》《無職転生》
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